東京地方裁判所 平成2年(行ウ)102号 判決 1992年1月30日
原告
小久保汽船有限会社
右代表者代表取締役
野口勝己
右訴訟代理人弁護士
山下豊二
同
根岸隆
被告
日本内航海運組合総連合会
右代表者代表理事
松本泰德
右訴訟代理人弁護士
阿部三夫
主文
一 被告が原告の船舶建造承認申請に対して平成二年五月一〇日付けでした不承認決定の取消しを求める訴えを却下する。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一被告が、原告の船舶建造承認申請に対して平成二年五月一〇日付けでした不承認の決定を取り消す。
二被告は、原告に対し、金一億五八三九万七〇〇〇円及びこれに対する平成二年七月五日から支払済みまで年五分の割合による金員並びに同年五月一一日から前項の船舶建造承認申請に対して承認予定の決定をするまで一日当たり金一四万二七〇一円の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
原告は、その所有していた貨物船が沈没し、滅失したため、その代替船の建造を行うこととしたが、それには内航運送の用に供せられる船舶の船腹の調整等を行う被告の承認が必要であるためその申請をしたところ、不承認決定とされた。本件は、原告がその不承認決定の取消しを求める(以下、この請求を「不承認決定取消請求」という。)とともに、被告がその定めた規程上右申請に対し決定をすべきこととされた日までに承認の決定をしなかったことが不法行為に当たるとして、これによって被った損害の賠償を求める(以下、この請求を「損害賠償請求」という。)ものである。
一争いのない事実
1 当事者
原告は、内航海運業等を営む有限会社であって、内航海運組合法(以下「法」という。)三条に基づいて組織された内航海運組合(以下「海運組合」という。)である全日本内航船主海運組合の組合員であり、別紙目録記載の船舶(以下「なち丸」という。)を所有して内航船舶貸渡業の用に供していたものである。
被告は、法五六条に基づいて組織された、全日本内航船主海運組合等の海運組合を会員とする内航海運組合連合会である。
2 被告による船腹調整事業
被告は、海運組合の組合員(以下「組合員」という。)が保有する内航運送の用に供される船舶の調整事業(法五八条、八条一項五号)を行うため、法五八条、一二条に従って、運輸大臣の認可を得た保有船腹調整規程(<書証番号略>、以下「本件規程」という。)を定めている。
本件規程には、① 組合員が調整対象船舶(組合員が保有し本件規程に基づいて実施される保有船舶調整事業の対象となる貨物船及び油送船であって、内航海運業法に基づく内航運送業又は内航船舶貸渡業の許可若しくは認可又は届出に係る総トン数二〇トン以上の船舶をいう。本件規程三条三項、七条)を内航海運業の用に供するために建造等(調整対象船舶の建造、改造及び他の用途からの転用をいう。本件規程三条三項)をしようとするときは、所属の海運組合を経由して被告に建造等の承認申請をして、その承認を得なければならないこと(本件規程八条)、② 被告は、右承認申請を受理したときは、当該申請につき、建造等をされる船舶の重量トン数に対する解撤等(解撤、沈没及び海外売船をいう。本件規程三条五項)に係る引当船舶(建造等をする船舶に引き当てられる調整対象船舶をいう。本件規程三条四項)の重量トン数の割合として被告の定めた比率(引当比率という。本件規程九条)を充足するものであること、被告が定めた引当船舶に関する基準に合致すること、その他所定の基準により審査し、承認予定又は不承認の決定をすること(本件規程一一条)、③ 被告は、右承認予定の決定のあった船舶について、利害関係組合員から異議申立てがなかったことその他所定の要件を充たしたときには建造等の承認の決定をすること(本件規程一五条)、④ 被告は、その承認を得ないで船舶の建造等をした組合員から二〇〇〇万円以下の過怠金を徴収することができるほか、その組合員の所属する海運組合に対しその組合員の除名を勧告することができること(本件規程二六条)、⑤ 本件規程の実施に関して必要な事項は、細則で定めることができること(本件規程二三条)等の規定がある。
なお、本件規程二三条の細則及び同一一条の引当船舶に関する基準として、被告の定めた保有船舶調整規定実施細則(<書証番号略>、以下「本件細則」という。)の一条三項(2)、別表2によれば、引当船舶の解撤区分を沈没とする代替船舶の建造承認申請には、保険会社発行の任意様式による全損証明書を添付することを要するとされている。
3 本件事故
なち丸は、昭和五九年七月一三日午後一二時一五分ころ、高知県室戸岬沖北緯三三度一七分五、東経一三四度五〇分三の地点付近において沈没した(以下、この沈没事故を「本件事故」という。)。
4 本件申請及び本件不承認決定
原告は、昭和六〇年一月一七日全日本内航船主海運組合を経由して被告に対し、なち丸と同種、同船型の代替船舶の建造承認申請(以下「本件申請」という。)をした。しかし、実質的に原告と同一会社である興恵汽船株式会社(以下「興恵汽船」という。)との間でなち丸につき船舶保険契約を締結していた大正海上火災保険株式会社(現在の商号は三井海上火災保険株式会社、以下「大正海上」という。)は、本件事故が保険金の詐取を目的とした故意による事故(以下「自傷事故」ということがある。)である等として保険金支払義務の存在を争っており、そのため、原告は、同保険会社発行の全損証明書を得られず、本件申請にこれを添付しなかった。
被告は、平成二年五月一〇日付けで、右全損証明書の添付がないことを理由として、本件申請を不承認とする決定をした(以下「本件不承認決定という。)。
二争点
1 不承認決定取消請求に係る本案前の争点
本件不承認決定が「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(行政事件訴訟法三条二項)に当たるか。
2 本件申請を不承認とすることの適否に関する争点
(一) 本件申請に保険会社発行の全損証明書が添付されなかったことにより、本件申請が不適式となるか。
(二) 本件事故は自傷事故であって代替船舶建造承認を許すべきでない場合に当たるか。
3 本件申請を不承認とすべきでないとした場合の損害賠償請求に係る争点
被告が本件申請に対し承認予定の決定をしなかったのは、その故意又は過失によるものか。被告が右決定をしなかったことにより、原告は、損害を被ったかどうか。被ったとすればその額はいくらか。
三争点に関する当事者の主張
1 争点1について
(一) 原告の主張
(1) 右一の2のとおり、法五八条、八条一項五号により、内航海運組合連合会にはその会員である海運組合の組合員が保有する内航運送の用に供される船舶の船腹の調整をする権限を与えられており、被告はこの権限に基づき、法一二条に基づき運輸大臣の認可を得て本件規程を定めた。そして、本件規程上、組合員は調整対象船舶の建造をしようとするときは被告の承認を得なければならないものとされている。したがって、被告の右承認の権限は法律上の権限と解される。
(2) 内航海運業法によれば、総トン数一〇〇トン以上又は長さ三〇メートル以上の船舶による内航運送業若しくは内航船舶貸渡業又は内航運送取扱業を営もうとする者は運輸大臣の許可を要し(同法三条一項)、運輸大臣は、右許可の申請が、当該事業の申請が一般の需要に適合するものであることその他所定の要件に適合していると認めるときでなければ右許可をしてはならないとされている(同法六条一項)。また、右許可を受けた内航海運業者が、事業の用に供する船舶の代替建造をする等事業計画を変更する場合には運輸大臣の認可を要し(同法八条一項)、その認可については右の許可の基準について定める同法六条が準用される(同法八条二項)。
そして、運輸大臣は、実際上、右の事業計画の変更の認可申請に際して被告の承認決定書の提出を要求しており、被告の承認予定の決定又は承認の決定がされない限り、調整対象船舶の建造等を伴う事業計画の変更の認可をすることはない。右の取扱いの根拠は、法五九条二項の趣旨であるとされているが、同項の運輸省令は未だ定められていない。このような実情にかんがみれば、運輸大臣は、法五八条、八条一項五号により、少なくとも被告の会員である海運組合の組合員に関する限り、内航海運業者の事業計画の変更認可が「一般の需要に適合するものであること」との基準に適合するかどうかの審査権限を被告に委任したものと解するほかはない。
そうすると、右審査権限に基づいてされた本件不承認決定は、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為に当たるものと解すべきである。
(二) 被告の主張
内航海運業法は、同法三条一項により内航海運業の許可又は同法八条一項による内航海運業者の事業計画の変更の認可と本件規程に基づく船舶建造承認との関係については特段定めるところがない。
なお、実務上は、昭和四八年五月一日海内第五九号海運局運航部長、沖縄総合事務局運輸部長宛て運輸省海運局内航課長通達(<書証番号略>)によって、内航海運業者による事業計画の変更認可申請の審査に際し、新造船舶の増加(船種変更、他事業からの転用及び改造を含む。)があるときは関係海運組合の意見を聴取するものとされているが、右通達にも運輸大臣が右の意見に拘束される旨の規定はない。
2 争点2の(一)について
(一) 被告の主張
調整対象船舶の建造等の承認の申請に損害保険会社発行の全損証明書の添付を必要とする趣旨は、次のとおりである。すなわち、海難事故には保険金を詐取するための自傷事故があることは周知のところであるが、被告が自傷事故による引当船舶の全損について代替船の建造を承認することは法秩序に反し到底許されない。しかし、被告には海難事故が自傷事故かどうかを調査する能力、体制がないことから、右の調査に多年の経験、能力を有する損害保険会社の調査に事実上依存することとし、損害保険会社が、調査の上自傷事故ではないと判断して、所要の保険金を支払った場合には、被告もこれを信頼して自傷事故でないものとして扱う一方、損害保険会社が自傷事故と判断して保険金を支払わず、全損証明書の発行もしない場合には、被告としても代替船の建造を承認しないこととしているものであり、本件細則は、このように自傷事故であるかどうかを損害保険会社による判断に委ねる趣旨で、その発行する全損証明書の添付を必要としているのである。
被告の行う組合員保有船舶の調整事業は、法の定める要件に適合し運輸大臣の認可を受けた本件規程に基づいて実施され、その行為には、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の適用が除外されるという強い効果が付与されているから(法一八条一項本文)、右調整事業の実施について恣意的な運用は許されない。したがって、右調整事業の一環である調整対象船舶の建造等の申請に際しては、その方式を定め、それを一律に遵守させることが必要となる。そうすると、調整対象船舶の建造等の承認の申請に際し、申請書に全損証明書の添付がないときは、これを添付できない正当な理由(自傷事故又はその疑いにより損害保険会社がこれを発行しないのではないこと、その他これを提出できないことを首肯させるに足りる理由)を申請者において明らかにしない限り、被告は、右申請を承認することはできない。
しかるところ、原告が本件申請に当たって全損証明書を提出し得ない理由は、なち丸に係る船舶保険契約を締結した大正海上が本件事故は自傷事故である等と主張して保険金支払義務の存在を争っているということであり、全損証明書の提出が必要とされる右の趣旨にかんがみると、そのような理由を右の正当な理由とはいえない。したがって、本件申請は、本件細則の定める書類を申請書に添付しないでされたものであって不適式であるから、被告がこれを承認しないこととした本件不承認決定は適法であり、また、被告が本件申請を承認しなかったことは違法ではなく、過失もない。
(二) 原告の主張
なち丸が全損したこと(沈没し、物理的に引揚げ不能であること)については、原告が既に被告に提出した熊本県龍ヶ岳町長作成の全損沈没証明書、九州運輸局のなち丸に係る抹消済の船舶原簿(<書証番号略>)、神戸地方海難審判理事所長作成の照会回答書(<書証番号略>)によって明らかにされており、これら公文書の証明力は、私企業である損害保険会社の全損証明書に優るものである。
興恵汽船は、大正海上を被告として昭和六一年五月一五日東京地方裁判所になち丸に係る船舶保険契約に基づく保険金請求訴訟を提起したが(同裁判所同年(ワ)第六四二三号)、大正海上は、本件事故が自傷事故である等と主張し、保険金支払義務を争っている。原告が本件申請に全損証明書を添付しなかったのは、大正海上が右訴訟において本件事故の原因を争い、全損証明書を発行しないからにほかならない。しかし、一般に保険者が免責を主張し被保険者がこれに応じない場合は結局訴訟による解決を図らざるを得ず、保険金請求訴訟はそのような商取引をめぐる私的な紛争に過ぎない。そうであるとすれば、原告が本件申請に全損証明書を添付しなかったことには正当な理由があるというべきである。
したがって、本件申請は適式である。
3 争点2の(二)について
(一) 被告の主張
(1) 右2の(一)のとおり、海難事故のなかには保険金詐取を目的とした自傷事故があることは周知の事実であるところ、仮に、被告がそのような自傷事故による引当船舶の沈没に対し代替船舶の建造等を承認するときは、故意に海難事故を起こして船舶を沈没させた者に、一方では引当資格を与え、他方で保険金を取得させることとなり、法の趣旨のみならず公序良俗に反する結果を招く。
したがって、被告は、自傷事故によって沈没した引当船舶についての代替船舶の建造等の承認の申請に対しては、不承認の決定をすることができるものと解すべきである。
のみならず、海難事故は、一般に人目につきにくい海上で発生すること、その原因の調査は専門的、技術的なものとならざるを得ないこと、証拠資料も海中に散逸しやすいこと等にかんがみると、自傷事故であることが立証されなくとも、自傷事故であることを疑うに足りる相当の理由があると認められる場合には、右と同様に解するのが相当である。
(2) 本件事故は、なち丸の乗組員が意図的にキングストンバルブ及びこれと接続するパイプ系統又はバルブに工作をし、これらから機関室に海水を流入させたために発生した。
仮にそうでないとしても、何らかの理由で機関室に浸水が生じたのに対し、乗組員が、保険金の取得を意図して、容易にできる排水作業をすることなく、船体を放棄したものであり、いわゆる不作為による作為に当たる。
したがって、いずれにしても、なち丸は、その乗組員の故意による海難によって沈没したものであり、これを引当てとして、その代替船舶の建造の承認を申請した本件申請に対し、不承認の決定をすることは適法である。
(二) 原告の主張
なち丸の乗組員が、保険金詐取を意図して、キングストンバルブ等に工作して海水を流入させ、又はことさら浸水に対する排水作業をしないで同船を放棄したというような事実はなく、本件事故は、自傷事故ではない。
そのことは、本件事故を調査した神戸地方海難審判庁理事官が、本件事故を審判に付すべきものと認めず、同審判庁に対して審判開始の申立てをしなかったこと等の事実により、明らかである。
4 争点3について
(一) 原告の主張
(1) 被告は、その故意又は過失により、本件申請に対し承認予定の決定をしなかったから、これによって原告の被った損害を賠償する責任がある。
(2) 本件事故後、原告は、なち丸と同種、同船型の代替船舶の建造を計画し、建造資金の融資を受けられる目途の立った昭和六〇年一月ころ、同年三月一五日起工、同年六月一〇日進水、同月三〇日艤装完了、同年七月一日就航との予定を立て、準備を進めるとともに、同年一月一七日本件申請をして被告の承認予定の決定を待つばかりとなった(なお、なち丸程度の内航船一隻を新造するには約四億円を要するといわれている。)。しかるに、被告は、本件細則二条所定の申請受付けの締切後二か月の期間が経過しても、本件申請に対し承認予定の決定をしなかった。これによって、原告は、右期間の経過した後であり、代替船舶の就航予定の日である同年七月一日以降、これを使用して内航海運業を営むことによって得べかりし利益に相当する損害を被った。
(3) 右の損害の額は、代替船舶の用船料から諸経費を控除した額、すなわち営業利益の額と解すべきところ、右の昭和六〇年七月一日から平成二年五月一〇日(本件不承認決定の日)までの期間に得べかりし利益に相当する損害の額は、別紙損害計算書の損害①ないし⑤記載のとおりであって、その合計額は一億五八三九万七〇〇〇円であり、同月一一日以降に得べかりし利益に相当する損害の額は、別紙損害計算書の損害⑥記載のとおり、一年につき五二〇八万六〇〇〇円(一日につき一四万二七〇一円)である。
(二) 被告の主張
(1) 本件申請は、本件細則の定める書類を申請書に添付しないでされたもので不適式であるから、被告が本件申請を承認しなかったことに過失はない。
また、本件事故は、自傷事故であり、仮にそうでないとしても、本件事故に関する前記保険金請求訴訟において本件事故が自傷事故であるとの主張がされ、現に裁判で抗争中であるから、被告としては、右裁判において自傷事故でないことが確定するまでの間は、本件申請を承認することはできず、その不承認に過失はない。
(2) 原告の代表者である野口勝己(以下「勝己」という。)は、本件事故の前後を通じて龍ヶ岳農業協同組合等に対し、残元本合計一億八一二〇万円に上る債務を負い、債権者からその弁済を迫られていた。また、なち丸に係る保険金債権の上には右債務の担保のため根質権が設定されていた。
そうであれば、代表者が右のような状況にある原告が多額の融資を受けることが可能であるとは考えられず、四億円にも上る代替船舶建造資金を調達することはできないから、原告の主張はこの点において既に失当である。
(3) 原告は、営業利益が得べかりし利益であるとするが、経常利益をもって得べかりし利益とすべきである。すなわち、原告の主張する額から、代替船舶建造のための融資金について支払う利息と右船舶の減価償却費をそれぞれ控除すべきであって、それらの額は次のとおりとなる。
① 支払利息
代替船舶の建造資金が四億円であるとすると、これを借り入れ、年一〇パーセントの平均金利を見込むと、一年につき四〇〇〇万円の利息を負担することとなる。したがって、支払利息として、少なくとも一年につき四〇〇〇万円を原告主張額から控除すべきである。
② 減価償却費
原告の主張する代替船舶のような、二〇〇〇総トン未満の貨物船の耐用年数は一四年とすべきであるから、右代替船舶の価値を四億円、残存割合を五パーセントとして、定額法により、減価償却費を計算すると、一年につき二六九八万円となる。したがって、これを原告主張額から控除すべきである。
右①及び②の合計額六六九八万円を原告主張の各年の損害額から控除すると、原告には損害が発生していないこととなる。
第三争点に対する判断
一争点1について
1 海運組合は、内航海運業を営む者がその共同の利益を増進するため組織する法人であり(法三条、四条一項)、営利を目的としないこと、会員が任意に加入し、又は脱退することができること並びに組合員の議決権及び選挙権が平等であることの各要件を備えなければならない(法五条)。海運組合は、内航海運組合連合会を組織することができ、内航海運組合連合会は他の内航海運組合連合会又は海運組合と更に内航海運組合連合会を組織することができる(法五六条)。内航海運組合連合会は、法八条一項各号所定の事業を行うことができるが(法五八条)、法八条一項一号ないし六号に掲げる事業を行おうとするときは、その内容、実施の方法等を定めた調整規程を運輸大臣に提出してその認可を受けなければならない(法五八条、一二条)。内航海運組合連合会は、右の調整規程に違反した海運組合の組合員に対しては、定款及び調整規程の定めるところにより、過怠金を課することができる(法五八条、二四条)。
2 右第二の一(争いのない事実)の1及び2のとおり、被告は、原告の所属する全日本内航船主海運組合等の海運組合を会員とする内航海運組合連合会であり、法八条一項五号の事業を行うため、運輸大臣の認可を得て、本件規程を定めている。本件規程によれば、海運組合の組合員が、内航海運業の用に供するために調整対象船舶の建造等をしようとするときは被告に建造等の承認申請をしてその承認を得なければならず、右申請を受けた被告は、所定の基準によってその当否を審査し、承認予定又は不承認の決定をし、承認予定の決定をした場合は所定の手続を経て承認の決定をするものとされており、また、被告は、その承認を受けることなく調整対象船舶の建造等をした組合員から二〇〇〇万円以下の過怠金を徴収することができ、更に、その組合員の所属する海運組合に対しその除名を勧告することができるものとされている。なお、<書証番号略>によれば、右の組合員に対する制裁は以上に尽きることが認められる。
3 内航海運業法によれば、総トン数一〇〇トン以上又は長さ三〇メートル以上の船舶による内航運送業若しくは内航船舶貸渡業又は内航運送取扱業を営もうとする者は運輸大臣の許可を要し(同法三条一項)、運輸大臣は、右許可の申請が、当該事業の申請が一般の需要に適合するものであることその他所定の要件に適合していると認めるときでなければ右許可をしてはならないとされている(同法六条一項)。また、右許可を受けた内航海運業者が、事業の用に供する船舶の代替建造をする等事業計画を変更する場合には運輸大臣の認可を要し(同法八条一項)、その認可については同法六条が準用される(同法八条二項)。なお、右認可の権限は、右内航海運業者の主たる営業所の所在地を管轄する地方運輸局長に委任されている(同法二九条、同法施行規則一三条一項)。
4 そこで、右1ないし3を前提として、本件不承認決定が「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(行政事件訴訟法三条二項)に当たるかどうかにつき検討する。
(一) 右3のとおり、内航海運業法三条一項の許可を受けた内航海運業者が、事業の用に供する船舶の代替建造をする等事業計画を変更しようとするときは、運輸大臣の認可を受けなければならないものとされており、その認可は、当該事業の申請が一般の需要に適合するものであること等の要件がなければしてはならないこととされているが、右の内航海運業者が内航海運組合連合会の組合員であり、事業計画の変更に伴う船舶の建造等につき当該内航海運組合連合会の調整規程によりその承認が必要とされている場合にも、そのような承認を受けたこと自体は右の運輸大臣の認可の要件とはされていない。そうすると、内航海運組合連合会の調整規程に基づく調整対象船舶の建造等の不承認決定があったことは、内航海運業者の事業計画の変更に関する認可との関係で、右の当該事業の申請が一般の需要に適合するものであることとの要件に関する事情として事実上考慮されることはあり得るとしても、右不承認決定を受けた者の法律上の地位に直接何らかの影響を及ぼすものということはできない。仮に、事業の用に供する船舶の代替建造をすることを内容とする事業計画変更の認可申請をした内航海運業者が、右不承認決定を受けたことにより、当該事業の申請が一般の需要に適合するものであることとの要件を欠くものとして不認可の処分を受けたときは、右不認可処分の取消しを求める訴えにおいて、右不承認決定を受けたことにかかわらず、当該事業の申請が一般の需要に適合するものであることとの要件を充足するものであることを主張立証をすることをもって足りるものと解される。
(二) また、右1及び2のとおり、本件規程に基づき、被告から調整対象船舶の建造等の不承認決定をうけた海運組合の組合員は、不承認決定に係る調整対象船舶を建造したときは、過怠金を課せられることがあり、更にこれに加えて、被告の勧告によりその所属する海運組合から除名されることがある。しかし、内航海運組合連合会の会員である海運組合は、内航海運業者がその共同の利益を増進するために組織するものであり、自由に加入し又は脱退することのできる任意団体であることに照らすと、右の制裁は、いずれも、任意団体がその自律権に基づきその構成員に対して課するものに過ぎないというべきである。
そうすると、右の不承認決定を受けた被告の会員である海運組合の組合員は、被告又はその所属する海運組合の内部において、本件規程に基づく被告の右権限の行使によりその地位に一定の不利益な影響を被る場合のあることは否定できないが、それはあくまで任意団体としての被告又は当該海運組合の自律権の作用による事実上のものに過ぎないから、右の不承認決定は公権力の行使に当たるものではない。
(三) 以上のほか、右の不承認決定がそれを受けた者の法律上の地位に直接影響を及ぼすことの根拠となる法令の規定は見当たらない。したがって、本件不承認決定は「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たらず、本件不承認決定の取消しを求める訴えは不適法である。
二争点2の(一)について
1 損害保険会社発行の全損証明書は、組合員と損害保険会社との船舶保険契約に基づいて発行されるものであること、船舶保険契約は単なる私法上の契約に過ぎず、これを締結するかどうかは組合員の意思に委ねられていること、引当船舶の沈没全損の事実自体は、必ずしも右全損証明書によらずとも、他の文書によっても証明することが可能であること、組合員と損害保険会社との間に保険金支払義務に関する私法上の紛争がある場合には、組合員が全損証明書の発行を受けることは事実上不可能であること等にかんがみれば、調整対象船舶の建造等の承認申請の方式を定める本件細則一条三項の規定は、引当船舶につき保険契約を締結した損害保険会社と被保険者等との間で私法上の紛争がある等の事情によって申請者が全損証明書の発行を受けることができない場合にも適用されるものではなく、かかる場合にはそれを添付しない申請書による承認申請もその方式に違反するものではないと解するのが相当である。
この点につき、被告は、自傷事故による引当船舶の全損について代替船の建造を承認することは法秩序に反し到底許されないところ、被告には海難事故が自傷事故かどうかを調査する能力、体制がないことから、損害保険会社の調査に事実上依存することとし、損害保険会社が、調査の上自傷事故と認定して保険金を支払わず、全損証明書の発行もしない場合には、被告としても代替船の建造を承認しないこととしているものであり、本件細則は、このように自傷事故であるかどうかを損害保険会社による判断に委ねる趣旨で、その発行する全損証明書の添付を必要とするものである旨主張する。そして、後記のとおり、引当船舶の解撤区分を沈没として調整対象船舶の建造等の承認の申請がされた場合において、引当船舶が自傷事故により沈没したと認められるときは、被告は、右申請を公序良俗に反するものとしてこれに対し不承認の決定をすることができるものと解されるが、かかる場合が例外であることにかんがみれば、保険会社が自傷事故と判断して全損証明書の発行をしないことをもって、直ちに右の場合に当たるとする処理をすることはできないものというべきである。
2 <書証番号略>によれば、なち丸についての船舶保険契約を締結した興恵汽船は、昭和六一年五月一五日保険者である大正海上を被告として当庁に右船舶保険契約に基づく保険金請求訴訟を提起し、大正海上は、これに対し本件事故は自傷事故である等と主張して争っていることが認められ、右事実によれば、本件事故の原因が免責事由に当たるか否かについて争いがあるために、原告は大正海上から全損証明書の発行を受けることのできないことが認められる。
そうすると、本件申請は、申請書に全損証明書が添付されていなかったからといって、本件細則の定める方式に違反するものではない。
三争点2の(二)について
1 引当船舶の解撤区分を沈没として調整対象船舶の建造等の承認の申請がされた場合において、引当船舶が自傷事故により沈没したものであるときの右申請の許否については、本件規程上特段の定めはない。しかし、海運組合が内航海運組合連合会を組織することを認め、これにその会員である海運組合の組合員の保有する内航運送の用に供される船腹の調整事業を行うことを認めた法の趣旨及び本件規程が右船腹の調整事業を行うことにより組合員の経済的地位を改善し、もって内航貨物輸送の円滑な運営により国民経済の健全な発展に寄与することを目的とすること(同規程一条)にかんがみると、右のような申請は、右の法及び本件規程の趣旨を損い、また公序良俗に反するものというべきであるから、被告は、引当船舶が自傷事故によって沈没した事実があるときは、右のような申請に対し不承認の決定をすることができるものと解される(なお、このことは、右申請に対する審査基準を定めた本件規程一一条、一二条の規定によらず調整対象船舶の建造等の承認申請に対し不承認決定をすることのできる例外的な事由であるから、限定的にこれを解釈すべく、被告の主張するように故意による海難によって沈没したと疑うに足りる相当の理由があるというような場合にまで右と同様に解することはできない。)。
そこで、以下、本件事故が自傷事故であるかどうかについて検討する。
2 本件事故及びその前後の事情として以下の事実が認められる(当事者間に争いのない事実のほか、認定した証拠は各項末尾に掲げた。)。
(一) なち丸は、昭和五九年七月一一日、神奈川県京浜港川崎区扇島において鉱炉灰約一〇〇〇トンを積載し、同日午後一二時二〇分ころ大分県津久見港に向けて出港した。当時の吃水は、船首約3.80メートル、船尾約4.68メートルであった。その後なち丸は、同月一三日午前零時ころ真針路を約二三〇度ないし約二四〇度に定針し、高知県室戸岬沖五海里を通過する針路とした。そのころの天候は小雨であったが風雨は次第に強くなりつつあった。なち丸の一等航海士として当時当直中であった勝己は、同日午前三時二〇分ころ機関室への浸水を発見し、その旨を船橋で当直中のなち丸船長野口政志(以下「政志」という。)に報告した。政志は、これを聞き、更に機関が停止したことから、同日午前三時三〇分ころ保安電話で高知海上保安部を三回にわたり呼び出して緊急通信を試みたが、応答は得られなかった。その一方、政志は乗組員に対し、船が沈没するから直ちに退船の準備にかかるよう指示した。次いで、政志は、同日午前三時四〇分ころ船舶電話で小松島電話局に対し、これから乗組員全員が退船するから、右保安部に連絡して貰いたい旨依頼し、結局、同日午前三時五〇分ころ、乗組員全員が、膨張式救命筏に移乗してなち丸を退船した。当時の付近の天候は曇、風速約四メートルの北西の風があり、視程は約二〇キロメートルであった。また、付近海域に漁船、商船等の船影は視認できなかった。退船後、乗組員は救命筏に乗って漂流していたところ、付近を航行中のケミカルタンカー「ディコスモス」に発見され、救助された。その後、乗組員は、到着した巡視船「みなべ」に移乗し、更に同じく巡視船「くま」に移乗した。一方、なち丸は乗組員の退船後約八時間余りが経過した同日午後一二時一五分ころ、初め右舷に横倒しとなり、船尾を下に船首を上にした態勢で一気に沈没した(<書証番号略>)。
(二) 高知海上保安部の本件に関する回答によれば、同保安部は、同日午前一〇時二八分ころ、潜水士四名をして、未だ沈没していなかったなち丸の船底を潜水調査させたところ、船底に凹み、塗料落ち、亀裂等浮遊物と衝突した痕跡は認められなかったが、一個の取水口に海水が一方的に船内に吸入される圧力が認められたとされている。
なち丸の船底には各種の取水口(キングストンバルブ)があって、これと連結したパイプにより船内各所に海水を供給する仕組みとなっていた。後記のとおり、なち丸に生じた開口部の面積は、特に異常事態の介在がないとすれば約一九平方センチメートルになるものと計算されるところ、機関室内にあるキングストンバルブに連結するパイプの中には約19.6平方センチメートルの断面積を有するパイプがある。右パイプによる海水の供給は機関室の主機又は補機に連結するポンプによって行われ、主機及び補機が停止すると通常取水口からの海水の流入も止まるが、人為的な工作を含む何らかの原因によりバルブ等が破損していれば、海水がなお流入し続ける。
(<書証番号略>、弁論の全趣旨)
(三) 原告の代表取締役は勝己であり、取締役は野口政造及び政志である。そして、右政造と政志とは兄弟であり、勝己及びなち丸の甲板員である野口孝文は右政造の子であり、なち丸の機関長である野口盛男(以下「盛男」という。)は政志の子である。
勝己は、本件事故当時龍ヶ岳町農業協同組合等の債権者に対し、総額約一億六〇〇〇万円を超える債務を負っており、債権者から右債務の弁済を強く迫られていた。他方、なち丸については、興恵汽船と大正海上との間で、保険金額を一億六〇〇〇万円、保険期間を昭和五八年七月一九日正午から昭和五九年七月一九日(本件事故の日の一週間後に当たる)正午までとする約定で、船舶保険契約が締結されていた。
(<書証番号略>、弁論の全趣旨)
(四) 勝己及び盛男は、本件事故の状況について、本件事故の日の午前三時前ころ「ドン」というような音がし、同日午前三時一〇分ころには機関室内のフライホイールが激しい勢いで水を巻き上げていて、その水は天井にまで届いていたのを見た旨の供述をしているが、なち丸の機関室の容積は約一五〇立方メートルないし約一六〇立方メートルと推定され、この容積を前提として、機関室への浸水が午前三時前一〇分ころから開始されたと仮定し、なち丸の沈没した午後一二時一五分ころまでの約九時間五分で、船底に生じた開口部から流入した海水のみによって右の容積が満ちることとして、右(一)で認定したなち丸出港当時の吃水を前提として計算すると、何らかの異常事態の介在のない限り右開口部の面積は約一九平方センチメートルとなる。そして、右容積中船底からフライホイールの下端までの部分の容積は約一七立方メートルないし約一八立方メートルと推定されるから、これを前提とすればフライホイールが水を巻き上げ始めるには少なくとも一七立方メートルの水が機関室内に貯留している必要があり、このような条件の下で開口部の面積を一九センチ平方メートルとして計算すると、午前三時前から午前三時一〇分までの約一〇分間の水の流入量は、約3.3立方メートルであるに過ぎない結果となる(<書証番号略>)。
3 本件事故及びその前後の事情として証拠上認められる事実は以上のようなものであり、右に認定の諸事情の下においては、本件事故に人の作為が加えられていないものとするには不自然な点が多々みられることは後記のとおりでもあって、乗組員の故意によるものではないかと疑えないではない。しかしながら、<書証番号略>によれば、海難原因については神戸地方海難審判庁理事官が調査を行ったが、証拠不十分で審判請求をすることが困難であるとの判断で日時が経過し、平成元年七月一三日時効完成により審判不要の処分に付したこと、刑事事案については高知海上保安部において、偽装海難を疑い、捜索や乗組員の取調べ、なち丸と類似した廃船を使用した沈没の再現実験等を行って、原因の糾明に努めたが、速やかな起訴等の処分は行われず、なお捜査が続行中であるとのことであるが、結論はまだ出されていないこと、以上の事実が認められる。このように、海難について専門の知識経験を有する機関がいずれも、本件海難について、人の作為によるとの結論を出さないで現在に至っていることによれば、本件については、なお、不可抗力による可能性を否定できないと考えているのではないかと推測されるのである。そうであるとすれば、海難事故について格別の知識経験を有する訳ではない当裁判所として、本件に不合理な点が多々見られるからというだけで、軽々にこれが作為的なものであるとの結論を出すことはできないといわなければならない。
そして、なち丸船長、機関長、一等航海士らが、浸水個所の調査や浸水原因の究明、排水の努力など、通常、乗組員が浸水を知ってまず行うべきことを何らしないで、退船したことについても、<書証番号略>によって認められる、夜間で、ある程度の風雨もあり、照明の作動しなくなった暗闇のなかであって、エンジンが停止し、相当の速さの浸水があるという当時の状況からすると、直ちに退避を考えたからといって、不自然とはいえない。ことに、船長政志は、昭和五二年一月韓国釜山港沖で自船を他船と衝突させた際、速やかな退船をしなかったため実弟や韓国人船員を死なせた経験があり、このようなことを繰り返したくないと考えて、直ちに退船を命じたというのであるから(<書証番号略>によって認める)、そうであればそのような判断は、首肯するに足りるものということもできるのである。
本件海難については、乗組員退避後、なち丸が沈没するまで八時間以上を要したことからすれば、当初に乗組員が危険を感じて退避する程の速さの浸水があったかどうか疑問をいれる余地があり、沈没する前に高知海上保安部が四名の潜水士によって、船底を調査したが、凹み、塗料落ち、亀裂等浮遊物と接触した痕跡は見られず、船底の取水口から船内への海水の一方的流入は認められたということからすれば、故意による海難が疑われる。しかし、なち丸への浸水の機序が解明されているとはいえず、被告の破口の面積についての計算も一つの推定に過ぎない。例えば何らかの異常な事態により、水頭圧が計算どおりの速度で逓減しなかったことがないとはいえない。潜水士の調査にしても、万が一見落としがなかったとはいい切れない。海上保安部の前記本件についての処理の状況は、その担当者がそのような可能性を考えていることの証左であるともいえるのである。
被告は、また、乗組員の、浸水発見時フライホイールに水を巻き上げていたとの右2(四)の供述につき、後の浸水状況と矛盾し、あり得ないことであると主張して、偽装沈船であることを隠すための詐言であるかのような主張をする。
しかし、浸水を発見して動転した乗組員の供述であり、何らかの原因で生じた水しぶきをフライホイールからのものと見誤る可能性もないとはいえないから、このような供述を直ちに意図的な虚言であると断ずることはできない。
以上を要するに、本件海難について、これを人の作為あるいは意図的な不作為によるものであるとの主張事実は、なお、これを認めるに十分とはいえないのである。
四争点3について
1 右三のとおり、被告が本件承認をしないことについてこれを正当化する事由は存在せず、被告は、原告の申請に応じて承認予定の決定をすべきであったから、その決定をしなかったことについて被告に故意ないし過失があり、かつ、その決定をしなかったことによって原告の被った損害があれば、これを賠償すべきである。
2 被告は、本件事故が自傷海難であり、代替船建造の承認をすることは公序良俗に反するとの理由から、承認予定の決定を行わなかったものである。
そこで、被告が、本件においてそのような認定によって右決定をしなかったことに故意ないし過失があったかどうか検討する。
<書証番号略>によれば、本件事故については、発生後間もなくから、船員の脱出が早すぎる点や、破口が見当たらなかった点など事故原因に不審な点があるとして、捜査が開始され、押収や乗組員らの任意取調べ、沈船実験等が行われて、なち丸沈没は保険金目当ての偽装かとする新聞報道も多数されたことが認められる。そして、現に本件については、次のような偽装を強く疑わせる事由が存した(新たに認定した事実については、末尾に証拠を掲げた。)。
(1) 乗組員らは、本件事故の午前三時過ぎに船体前部から中央にかけて「ドン」というかなり強い衝撃を感じ、それから約一〇分程して機関室に相当の浸水が見られたので、沈没の危険を感じたと供述するが、そのように大きな衝撃が船体に加えられて、船体に亀裂ないし破口が生じて浸水したものとすれば、船底部にはそれ相応の破口が生じていなければならないが、本船の沈没前海上保安部の潜水士四名がその船底部損傷箇所を発見するための調査を行った結果は、同日午前一〇時二八分ころ二名一組となりそれぞれ両舷側船底部を船尾から船首に、また船首から船尾に向かって調査を実施しており、海水中の透明度二〇メートル以上で損傷箇所があれば発見できる状況であったにかかわらず、船底の凹み、塗料落ち、亀裂、破損等浮流物と接触した痕跡は発見できなかったという。このような痕跡を前記調査で見落とすことは通常は考えられない。一方で、潜水調査の結果、船橋右舷側船底部の海水取水口三個のうち一個について船内に吸引される圧力が認められており、これら調査の結果は、前記乗組員らの供述の信憑性を強く疑わせ、前記認定の事情の下においては、本件事故が乗組員によってキングストンバルブを開放するなどの手段で行われた自傷海難ではないかとの疑いを十分に生じさせるものである(<書証番号略>)。
(2) 一等機関士政志は、同日午前三時一〇分に衝撃があり、その約一〇分後に機関室に行ったところ、フライホイールに水が巻き上がっていることを発見したと供述するが、前記三2(四)のとおり機関室が満水になったときの浸水量と満水になるまでの時間及び水頭圧から計算される破口面積からは、約一〇分間ではフライホイールに海水を巻く程の浸水量に達しないものと考えられ、その後沈没まで約九時間を要したことと、この事実とは両立せず、後記のように、乗組員が何ら原因究明や、排水の努力もしないで直ちに退避せざるを得なかった程に浸水があったとすれば、その後長時間にわたって沈没を免れることは通常あり得ないことであるから、これらの事実は、右供述の信憑性を強く疑わせ、本件事故が自傷海難ではないかと疑わせるものである(<書証番号略>)。
(3) 原告と実質的に同一の会社であり、なち丸の根質権設定者である興恵汽船の代表取締役であり、なち丸の一等機関士である勝己は、龍ヶ岳農業協同組合や、熊本県信用農業協同組合連合会に総額一億六〇〇〇万円を超える多額の借入金があり、なち丸にかけていた保険金(金額一億六〇〇〇万円)にも、龍ヶ岳農業協同組合のため根質権が設定されていた。なち丸船長政志らもこれらの債務の連帯保証人となっていた。また、本船の所有権は登記上は原告に、実質上は興恵汽船にあったが、原告代表取締役は勝己(政造の子)、取締役は政造、船長は政志(政造の弟)、興恵汽船代表取締役は政造、取締役は勝己、監査役は政志、甲板員は孝文(政造の子)、機関長は野口盛男(政志の子)であって、これらの事実からすれば、勝己らは、乗組員が殆ど親族であって、口裏を合わせやすい状況にあることを利し、多額の借金の一部でも保険金の支払をもって返済するため、本件事故を工作したのではないかとの疑いをいれる余地がある(<書証番号略>)。
(4) 勝己や、政志、盛男らの供述によれば、機関室への浸水発見後乗組員らは直ちに避難を考え、海上保安部への連絡をとった後全員救命筏に乗り移って救助を待ったことが認められるが、その供述によれば、本件事故は、他船との衝突のように原因のはっきりしたものではなく、単に、船底に衝撃を感じたというだけなのであるから、通常乗組員としては、どこからどの程度の浸水があるのか究明し、排水、防水を考えるはずである。本船機関室には排水に利用できるポンプが、ビルジポンプ(主機直結)(排水量毎時約六三リットル)、GS(雑水用)ポンプ(排水量毎時約三九トン)、ビルジポンプ(排水量毎時約九〇トン)が設置されており、一〇分間で約21.5トンの排水能力があったので、浸水が始まってから適時にポンプを作動させれば、排水ができた可能性もあった。ところが、一等機関士は直ちに機関長に「危ない、逃げろ」といい、船長に「機関室に海水が浸水して沈没するから逃げろ」と言って早期避難のみを促したというのであって、これは、疑えば疑うことのできる不合理な行動である。これらの点から見れば、乗組員らは、沈没させることを意図したか或いは保険金が入ることを意図して容易にできる排水作業を行うことなく、船体を放棄したのではないかとの疑いをいれ得る(<書証番号略>)。
3 本件においては、以上のような事実が認められるのであって、これらの事実は、通常人をして、本件事故が自傷海難ではないかとの合理的な疑いを抱かせるに十分のものということができる。そして、被告が原告の申請に応じて代替船建造の承認予定の決定をし、代替船が建造されてしまえば、その後本件事故が自傷海難であることが判明したとしても、その建造の効果を否定することはできないから、右のような合理的な疑いを持つ被告としては、本件事故が自傷海難であるかないかが公の機関によって確定されるまで、その決定をしないこととすることも、それが客観的には誤っているとしても、やむを得ず、その判断に過失があるとすることはできないといわなければならない。そして、本件事故について、神戸地方海難審判庁理事官は、それが自傷事故であるともないとも結論を出さず、結局時効完成により、審判に付しない処分をしたに過ぎず、高知海上保安部は未だに捜査中であり、<書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、別件の前記保険金請求訴訟は、その第一審において、本件事故が自傷海難とは認められないとの結論を出したが、その判決は控訴され、なお審理中であって、その判断が確定した訳ではないことが認められるのであるから、被告が、不承認の決定をしたことは誤りであるが、現在においてなお承認予定の決定を出していないことについては、故意はもとより、過失があるとは認められないといわざるを得ない。
第四結論
以上によれば、本件訴えのうち不承認決定取消請求に係る訴えは不適法であるからこれを却下することとし、損害賠償請求は理由がないからこれを棄却することとする。
(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官石原直樹 裁判官長屋文裕)
別紙目録<省略>
別紙損害計算書<省略>